大規模なエネルギー拠点において、ボイラはプラント全体に動力を供給する「心臓」であり、その中を流れる給水は「血液」に例えられます。
特に、発電タービンを回すような高圧ボイラ(10 MPaG超など)においては、血液の中にわずかな「不純物」が混じるだけで、血管詰まり(チューブ閉塞)や心筋梗塞(チューブ破裂)を引き起こし、プラント全体を停止させる甚大なリスクを孕んでいます。
私は長年、多くの新設プロジェクトや定期修理(SDM)の現場に立ち会ってきましたが、ボイラのトラブルの多くは、実は数年前の設計ミスや、施工時のわずかな管理不足、あるいは日常的な水質管理の「慣れ」から始まっています。
本記事では、エンジニアリングの知見を交えながら、監督員や設計担当者の皆様が現場で守るべき「水質管理の極意」について、論理的に紐解いていきたいと思います。
高圧ボイラ給水の設計思想:不純物ゼロへの挑戦
高圧ボイラにおける設計の基本は、JIS B 8223「ボイラの給水及びボイラ水の水質」を遵守することから始まります。圧力が高いほど、水質基準は厳格になります。
純水製造プロセス:RO膜と混床式イオン交換の組合せ
現代のプラントでは、工業用水から純水を製造する際、「RO(逆浸透膜)+混床式イオン交換器(MB)」の構成が主流です。
かつてはイオン交換樹脂のみの構成が多かったのですが、近年の設計思想では、前段にRO膜を配置することで、樹脂への負荷を劇的に低減し、再生周期を延ばすことでLCC(ライフサイクルコスト)を最適化します。
RO膜は、水中の溶解塩類(TDS)の95パーセント以上を除去しますが、微量のシリカや炭酸ガスは透過してしまいます。これらを後段の混床式イオン交換器で完全にキャッチし、電気伝導率を 0.01 mS/m 以下、シリカ濃度を 0.01 mg/L 以下まで磨き上げるのが、高圧ボイラ給水の設計標準です。
溶存酸素対策:脱気器(デアレーター)の重要性
ボイラ給水における最大の腐食因子は「溶存酸素」です。酸素がボイラ内に入ると、高温下で急激なピッティング(孔食)を引き起こします。
これを防ぐのが「脱気器」です。設計条件としては、給水を 100℃ 以上に加熱し、物理的に酸素を追い出す「加熱脱気法」が一般的です。
設計担当者は、脱気器出口での溶存酸素濃度を 0.007 mg/L(7 ppb)以下に抑えることを目標とします。さらに万全を期すため、ヒドラジンや皮膜性アミンなどの脱酸素剤を化学的に注入する「併用処理」を前提とした設計を行います。
シリカ管理とタービンへの影響
高圧ボイラ特有の問題が「シリカのキャリーオーバー」です。ボイラ水中のシリカは、圧力が上昇すると蒸気中に溶解しやすくなる性質(選択的揮発)を持っています。
蒸気に乗ったシリカは、タービン内で圧力が下がるとブレードに析出し、タービン効率の低下や振動の原因となります。
これを防ぐため、JIS B 8223に基づき、ボイラ運転圧力に応じたシリカ限界値を設定します。例えば、10 MPaG 程度のボイラであれば、ボイラ水中のシリカは 1 mg/L 以下といった極めて低いレベルでの管理が要求されます。
施工段階の品質管理:汚染と腐食を未然に防ぐ
設計がいかに完璧でも、施工品質が悪ければすべては台無しになります。
純水配管の材質選定とライニング施工
製造された純水は、非常に「飢えた水」であり、金属を溶かし出す力が強いため、配管材質の選定には細心の注意を払います。
通常、純水貯槽からボイラ給水ポンプまでは、ステンレス鋼管(SUS304)や、内面をポリエチレン等でライニングした鋼管を使用します。
施工時の急所は、配管内部のクリーン度です。溶接時の酸化スケールや、内部に残されたウエス、砂などがボイラ内に持ち込まれると、初期稼働時にチューブの閉塞を引き起こします。
これを防ぐため、施工後は十分な「フラッシング」を行い、必要に応じて「ケミカルクリーニング(酸洗浄)」を実施して内部を不動態化させる必要があります。
ボイラチューブの溶接品質と裏並み管理
ボイラ本体の施工や修理において、チューブの溶接品質は絶対に妥協できないポイントです。特に「裏並み溶接(バックシールド)」の成否が、その後の腐食耐性を左右します。
溶接部に「裏並みの凸凹」や「溶け込み不良」があると、そこが応力集中の起点となり、あるいは水流の乱れから「エロージョン・コロージョン」を誘発します。
工事監督員は、全数RT(放射線透過試験)などの非破壊検査結果を厳格にチェックするだけでなく、抜取りでの内部ミラー点検を行い、裏波の形状が滑らかであることを確認してください。
JIS B 8201(陸用鋼製ボイラ)等の法規に適合した施工管理が、数十年後の安心を担保します。
保全と定期修理(SDM)の急所
ボイラは動かし続けるだけでなく、定期的な「健康診断」と「メンテナンス」が必要です。
水質モニタリングの要諦:リアルタイム監視
日常保全では、電気伝導率、pH、溶存酸素の3項目をオンラインでリアルタイム監視します。
-
電気伝導率: 樹脂の貫流点(破過)をいち早く察知するため。
-
pH: 酸腐食やアルカリ腐食を防ぐため(通常、給水は 9.0 前後の弱アルカリ性に調整)。
-
溶存酸素: 脱気器の機能不全を検知するため。 特に薬注ポンプの故障は、数時間の放置でもボイラ内に深刻なダメージを与えるため、ポンプの作動確認と予備機の整備は、保全担当者の最優先事項です。
樹脂・膜の寿命管理と洗浄サイクル
イオン交換樹脂は、使用に伴い「有機物汚染」や「破砕」が進行し、処理能力が低下します。定検時には樹脂をサンプリングし、有効交換容量や含水率を測定して、交換時期を科学的に判断します。
また、RO膜はシリカやスケールによる「ファウリング(目詰まり)」が避けられません。透過水量の低下や押し込み圧力の上昇をトレンド管理し、定期的な薬品洗浄を実施します。
設計時に洗浄ラインを組み込んでおくことが、現場の保全性を高めるポイントです。
定検工事(SDM)時の内部点検:スケーリング評価
定検時にボイラ内部を開放した際、最も重要なのが「ドラム内部」と「水壁管(チューブ)内部」の観察です。 チューブを切断して内部の「付着物量(スケール量)」を測定します。
1 平方メートルあたり 200g 以上の付着物が確認された場合は、酸洗浄を検討するサインです。 また、スケールの成分を分析し、それが給水系から持ち込まれた鉄分(腐食生成物)なのか、あるいは硬度成分(漏れ)なのかを特定することで、前処理設備の不備を見つけ出すことができます。
ボイラ給水の管理は、一見地味で変化の乏しい業務に見えるかもしれません。しかし、0.01 mg/L という極微量の世界をコントロールする私たちの仕事が、数千億円規模のプラントの安全を根底で支えているのです。
化学的な精密管理を徹底し、設計・施工・保全の各フェーズで「水」という生き物と真摯に向き合うこと。その積み重ねこそが、設備の寿命を数十年のスパンで左右し、ひいては企業の信頼性を守ることに繋がります。