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極低温下でバルブを守る技術:ロングボンネットと収縮のメカニズム

バナナで釘が打てる世界:-196℃の衝撃

テレビの科学実験で「バラの花がパリパリに砕ける」とか「バナナで釘が打てる」という映像を見たことがありませんか?

あれは液体窒素を使った実験ですが、私たちのプラント、特にLNG(液化天然ガス)やエチレンなどを扱うセクションでは、日常的にあのような-162℃や-196℃といった極低温の世界と隣り合わせで仕事をしています。

通常、鉄(炭素鋼)というのは強靭な材料ですが、温度が下がると急激にその性質を変えます。 一般的な炭素鋼は、-29℃を下回ったあたりから「低温脆性(ていおんぜいせい)」といって、ガラスのように脆(もろ)くなってしまいます。

もし、普通のバルブに極低温の液体を流してハンドルを回そうものなら、最悪の場合、バルブ本体が「パリーン!」と割れてしまう可能性があるのです。

さらに厄介なのが、漏れを防ぐための「シール材(パッキンやガスケット)」です。ゴムや樹脂は低温でカチカチに硬化し、弾力性を失います。

弾力がなくなれば、隙間を埋めることができず、そこから可燃性ガスが漏れ出す……。想像するだけでゾッとしますよね。 今回は、そんな過酷な環境に挑む技術について説明します。

「割れない」ための材料選び:ASTM A351の出番

まず、バルブ本体が割れないようにするにはどうすればいいか。答えは「低温でも粘り強い材料」を使うことです。 ここで登場するのが、材料規格のASTM A351です。

一般配管でよく見る炭素鋼(WCBなど)は使えません。代わりに選ばれるのが、皆さんもよく知るステンレス鋼(オーステナイト系ステンレス)です。

具体的には、ASTM A351 Gr.CF8(SUS304相当)や、Gr.CF8M(SUS316相当)といった材料が選定されます。

ステンレス鋼は不思議な金属で、極低温になっても強度が落ちるどころか、むしろ引張強さは上がり、かつ「粘り強さ(靭性)」を維持し続ける特性があります。

プラントの仕様書でも、低温配管のクラス分けは非常に厳格です。例えば、JPI-7S-15などのフランジ規格や、ASME B31.3(プロセス配管)の規定に基づき、使用温度が-45℃を下回るラインでは、ボルト一本に至るまで低温用材料(ASTM A320 Gr.B8など)を指定し、絶対に「割れない」組み合わせを徹底しています。

見た目はピカピカして綺麗ですが、あのステンレスの輝きは、極寒に耐え抜くための鎧(よろい)なんですよ。

首を長くして待つ?「ロングボンネット」の必然性

さて、ここからが本題です。 極低温用のバルブを見ると、ハンドルの下がやけに長く伸びていることに気づきませんか? まるでキリンの首のようにひょろ長い形状。これを「ロングボンネット(Extension Bonnet)」と呼びます。

「設置スペースがもったいないから短くしてくれ」なんて言わないでくださいね。この長さこそが生命線なのです。 この構造の最大の目的は、「グランドパッキンを凍らせないこと」です。

バルブの軸(ステム)を封止しているグランドパッキンは、流体が流れている配管のすぐ近くにあります。

もし普通の長さだと、-196℃の冷熱が金属を伝わってパッキン部まで到達し、パッキンをカチコチに凍らせてしまいます。こうなるとシール機能が失われて漏れるだけでなく、水分が凍結してハンドルが回らなくなる「氷結ロック」が発生します。

そこで、BS 6364(極低温用バルブの代表的規格)やメーカー標準に基づき、ボンネットをあえて長く伸ばします。 こうするとどうなるか。 配管内の液体はロングボンネットの下部に入り込みますが、そこで少し気化して「ガス溜まり」を作ります。

このガス層が断熱材の役割を果たし、さらに長い金属部を通じて外部からの熱が伝わることで、上部のパッキン付近は常温に近い温度(あるいは氷点下でもパッキンが機能する温度)に保たれるのです。

あの長い首は、下界の極寒地獄から、繊細なパッキンさんを「高い高い」して守っている避難タワーのようなものなのです。

見えない敵との戦い:データが語る運用の妙

しかし、良い材料と良い構造があれば完璧かというと、そうではありません。 プラントでの実証データやトラブル事例を振り返ると、設計以上に「運用」が重要であることが分かります。

例えば、バルブの据付角度。 ロングボンネットのバルブは、原則として「ステムを垂直」にして設置しなければなりません。

もし横向きに設置したらどうなるでしょう? 先ほど説明した「ガス溜まり(断熱層)」ができず、極低温の液体がパッキン部まで直接流れ込んでしまいます。これではせっかくのロングボンネットも意味をなさず、液漏れ事故に直結します。

JIS B 2005-2等の試験規格でも、漏洩試験は厳格に行われますが、現場での正しい施工があって初めて性能が発揮されるのです。

また、プラントのスタートアップ時に行う「クールダウン(予冷)」も重要です。 常温の配管にいきなり-162℃のLNGを全開で流すと、急激な熱収縮でフランジ面が歪み、ボルトが緩んで漏れが発生します。

ベテランオペレーターたちは、配管の温度計を睨みながら、ゆっくり、じっくりと時間をかけてラインを冷やしていきます。金属が「縮む」速度をコントロールし、設備にショックを与えないようにバルブを操作する。この繊細な技術こそが、スペック表には載らない安全の担保なのです。

極低温バルブは、白く霜をまとい、時には氷の塊のようになっています。 その冷たい外見の下で、ステンレスの結晶構造が粘り強く圧力に耐え、長い首が熱の勾配を作り出し、静かに流体を制御しています。

次にあの「首の長いバルブ」を見かけたら、物理法則と戦うその健気な姿を、少しだけリスペクトしてあげてください。