夜間や休日のトラブル対応時、「正規のガスケット在庫がない!」という冷や汗が出るような経験、皆さんにもあるのではないでしょうか。
そんな時、現場でささやかれる悪魔の誘惑が「とりあえず、もっと性能が良いやつを入れておけば大丈夫だろう」という考え方です。
確かに、スペックダウン(下位互換)は論外ですが、スペックアップ(上位互換)なら万事解決かと言えば、実はそこに大きな落とし穴があります。
今回は、JIS/JPI規格の観点から、緊急時の「代用」に関する技術的リスクと、正しい判断基準について説明します。
鉄則は「図面通り」だが…許される唯一の例外
まず大前提として、ガスケット選定は「図面・スペック通り」が鉄則です。 しかし、緊急停止を避けるための「応急処置」に限っては、以下の条件での代用が検討されることがあります。
下位互換(スペックダウン): 絶対禁止。
例:高温用ラインに汎用ジョイントシートを使うなど。これは事故に直結します。
上位互換(スペックアップ): 条件付きで許容される場合がある。
例:汎用PTFEが入手できず、耐熱・耐圧性の高い「うず巻形ガスケット(金属)」で代用する。
「上位互換なら性能が良いんだから問題ないのでは?」と思われがちですが、ここが今回のテーマである「罠」です。
「上位互換」に潜む締付圧不足のリスク
より高性能なガスケット、特に金属系(うず巻形やメタルジャケット等)は、一般的に「硬い」という特性を持っています。
ここで重要になるのが、JIS B 2490やASME Code Section VIIIで定義されるガスケット係数(m値)と最小設計締付圧力(y値)です。
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柔らかいガスケット(ゴム、PTFE等): 低い締付力でシール可能(m値・y値が小さい)。
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硬いガスケット(金属系): シールさせるために強大な締付力が必要(m値・y値が大きい)。
つまり、元々柔らかいガスケット用に設計されたフランジ(低圧クラスなど)に、上位互換だからといって硬い金属ガスケットを挟むと、「ボルトの締付力が足りず、漏れる」あるいは「無理に締め付けてフランジが変形する」という事態を招きます。 「材質は耐えられるが、シール面圧が確保できない」という現象です。
【事例】プラントでの教訓
ある冬、-29℃を下回る寒冷環境下で配管の漏れが発生しました。本来は低温用PTFEガスケットが必要でしたが在庫が切れており、現場判断で耐熱・耐圧性に優れた「フィラー入りうず巻形ガスケット」を代用として装着しました。
「これだけ頑丈なガスケットなら大丈夫だ」と現場は安心しましたが、再稼働直後に漏洩が発生。 原因は「締付面圧の不足」でした。
該当箇所のフランジは低圧規格(JPI 150lb相当)であり、ボルト本数と強度が、金属製ガスケットを潰しきるために必要な荷重を満たしていなかったのです。
結局、正規のガスケットを取り寄せるまでラインは停止することとなり、「良かれと思ったスペックアップ」が裏目に出た典型例となりました。
JPI/ASTM規格から見る「応急処置」の作法
JISやJPI規格においても、ガスケットはフランジのレーティング(クラス)やボルト強度とセットで選定されることが前提となっています。
ASTM F104(ガスケット材料の分類)等で材料特性を確認することは重要ですが、それだけで互換性は保証されません。
緊急時にやむを得ず「上位互換」品を使用する場合は、以下の3点を必ず技術検討してください。
ボルトの許容応力: そのガスケットをシールさせるのに必要なトルクを掛けても、ボルトが降伏しないか?
フランジの剛性: 強い締付力でフランジ座面が変形しないか?
あくまで「仮設」: 次回の定修、あるいは正規部品が入手でき次第、速やかに図面通りの仕様に戻すこと。
過信は禁物、基本へ帰れ
「大は小を兼ねる」ということわざがありますが、ガスケットの世界において「硬は軟を兼ねない」ことが多々あります。
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温度・流体への耐性だけで選ばない。
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「締付に必要な力(m値・y値)」を考慮する。
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代用はあくまでリスクを伴う「応急処置」と心得る。
バルブや配管のトラブルは待ってくれませんが、焦って規格外の選定をする前に、一度立ち止まって「そのボルトで潰せるのか?」を自問してみてください。それが、プラントの安全を守る最後の砦となります。