国内大手の臨海部プラントにおいて、莫大な熱負荷を最終的に引き受けるのは「海水」です。安
価で無限な冷却源である一方、塩化物イオンによる極甚な腐食や、貝類等のバイオファウリング(生物付着)という牙を剥きます。
本稿では、最強の耐食性を誇るチタン管(ASTM B338)の選定基準から、JIS規格に基づく電気防食、そして定検時の急所となる異種金属接触腐食対策まで、設計・施工・保全の要諦を詳しく解説します。
海水を「飼い慣らす」ということ
臨海部にそびえ立つ巨大なプラントにとって、海は母なる存在であると同時に、常に設備を食い荒らそうとする最大の敵でもあります。
「空気がプラントの呼吸なら、海水は体温を一定に保つための冷却水」です。しかし、この冷却水はあまりに気難しく、ひとたび設計や保全を誤れば、熱交換器のチューブを数ヶ月で貫通させ、プロセス流体を海へと流出させる大事故を招きます。
設計(Design):材質選定と流速制限の力学
海水冷却系の設計において、最初の分水嶺となるのが材質選定です。ここでは、コストと信頼性のバランスが激しく衝突します。
チタン管 vs アルミ真鍮管
熱交換器(クーラー)のチューブ選定において、かつてはアルミ真鍮(C6871等)が主流でした。しかし、現在ではライフサイクルコストの観点から、チタン管(ASTM B338 Grade 2)が「最強の選択肢」として君臨しています。
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チタン(Ti): 海水中では不動態膜が極めて強固で、腐食速度はほぼゼロと言っても過言ではありません。
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アルミ真鍮: コストは抑えられますが、アンモニア攻撃や硫化物を含む海水に対して脆弱で、後述する流速制限も厳しくなります。
設計流速の黄金律
海水系で最も恐ろしいのは、物理的な摩耗と化学的な腐食が合わさった「エロージョン・コロージョン(衝食)」です。 JPI-7S-73(石油産業熱交換器設計基準)等の指針に基づき、管内流速は厳密に管理されます。
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アルミ真鍮管: 1.0m/s ~ 2.0m/s。これを超えると保護皮膜が剥離し、あっという間に減肉します。
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チタン管: 2.0m/s ~ 5.0m/s程度まで許容。 逆に、流速が遅すぎると(1.0m/s以下)、砂や土砂が堆積し、その下で「隙間腐食」が発生します。設計担当者は、最低流速と最大流速の「ストライクゾーン」を狙い撃つ必要があるのです。
設計条件の例
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流体: 海水(Sea Water)
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設計圧力: 0.5 ~ 0.7 MPaG
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設計温度: Ambient ~ 45℃(出口温度の上昇に注意)
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配管仕様: 主管は炭素鋼(内面ゴムライニングまたは樹脂ライニング)、小枝管や弁類は青銅またはステンレス(ただし後述の電食対策が必須)。
施工(Construction):品質を左右する「隙」の排除
設計が完璧でも、施工に「隙」があれば海水は見逃してくれません。
チタン管の拡管とシール溶接
熱交換器の管板にチタン管を取り付ける際、拡管(エキスパンド)の管理が品質の要です。 チタンはヤング率が低く、スプリングバックが大きいため、拡管率(Tube Wall Reduction)の管理値は炭素鋼よりもシビアになります。
また、管板とチューブの隙間腐食を完全に防ぐため、シール溶接を併用するのが一般的です。チタンの溶接は、大気中の酸素や窒素と反応して脆化しやすいため、シールドガスの徹底(バックシールド含む)が求められます。
内面ライニングの品質管理
大口径の海水配管(主管)には、炭素鋼の内面にゴムライニングやエポキシ樹脂ライニングを施します。
施工時の急所は、フランジ面の「巻き込み部」です。ここが不連続だと、そこから海水が侵入し、鋼管を外面からではなく「内面とライニングの隙間」から腐食させ、ライニングを剥離させます。
施工後のスパークテスト(高電圧ピンホール検査)は、100%全数実施が鉄則です。数kVの電圧をかけ、パチッと火花が飛べば、そこには目に見えない穴がある証拠です。
メンテナンス(Maintenance):防汚と防食の二段構え
定検工事(SDM)や日常操業において、海水系は最も手の掛かる子です。
バイオファウリング(生物付着)との戦い
海水中にはムラサキイガイやフジツボの幼生が含まれています。これらが配管内に定着・成長すると、流路を塞ぎ、熱交換効率を著しく低下させます。
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次亜塩素酸ソーダの注入: 取水口での連続注入が基本です。
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ボール洗浄装置(デブリフィルター): 運転中にスポンジボールを循環させ、チューブ内面を物理的に掃除します。SDM時には、このボールの回収率や摩耗具合を確認し、システムの健全性を評価します。
電気防食:犠牲陽極の寿命診断
熱交換器の水室(チャンネル)内面など、ライニングの欠陥を補うために、流電陽極(犠牲陽極)を設置します。 JIS規格に基づき、アルミ陽極や亜鉛陽極が選定されます。SDMでの開放点検時には、以下の「目」が必要です。
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消耗率の計算: 陽極がどれくらい溶けているか。「溶けている=仕事をしている」証拠ですが、次の定検までもたないと判断すれば、迷わず交換します。
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酸化皮膜の除去: 陽極の表面が不働態化して溶けにくくなっている場合は、ワイヤーブラシ等でリフレッシュさせます。
定検工事での急所:異種金属接触腐食(ガルバニック腐食)
ここで、現場で最も失敗しやすい事例を挙げます。それが「異種金属接触腐食」です。
チタン管(貴な金属)を使用した熱交換器に、炭素鋼(卑な金属)の配管を直接接続すると、炭素鋼側が「犠牲」となり、凄まじい速度で腐食します。これは水電池が形成されるためです。
対策の要諦
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絶縁ガスケットの使用: ボルト、ナット、ワッシャーを含めた完全な絶縁キットを装着します。SDMでの復旧時、ワッシャー一枚入れ忘れただけで、数ヶ月後にはフランジがボロボロになります。
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塗装の逆説: 実は、腐食させたくない炭素鋼側だけを塗装するのは危険です。塗装のピンホールに電流が集中し、そこだけが深く穿孔(ピッティング)するからです。防食の鉄則は「貴な金属(チタン側)もあえて塗装する」または「広範囲に防食を施す」ことです。
設備管理者の「目」がプラントを救う
海水冷却システムは、目に見えないところで常に「溶けようとする力」と戦っています。 チタンという高価な材質を選び、最新の電気防食を施しても、現場での些細な施工ミスや、定検時の観察不足が、すべての努力を水の泡にします。
図面にある「絶縁」の文字、陽極の「減り具合」、そしてフランジ面の「わずかなサビ」。これらを見逃さない皆様の「目」こそが、臨海部プラントの安全を支える最後の砦です。
海水は敵に回せば恐ろしいですが、正しく理解し、適切に処置すれば、これほど頼もしい味方はありません。次回の定検でも、この「気難しい相棒」としっかり向き合っていただければ幸いです。